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オーディオドラマ「五の線」

オーディオドラマ「五の線」

闇と鮒

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221 - 66,12月21日 月曜日 15時35分 ホテルゴールドリーフ
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  • 221 - 66,12月21日 月曜日 15時35分 ホテルゴールドリーフ
    66.mp3 【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「一色貴紀。」 「そうです。」 松永はため息を付いた。 「あのバカ…。」 彼は下唇を噛んだ。そしてホワイトボードに貼られている顔写真を見つめ、再び十河と相対した。 「さっきも言っただろう。覚悟はできている。」 松永は彼の視線からは目を離さず、こう言い切った。暫くの沈黙を経て十河の目が充血し、瞳から一筋の涙が流れ落ちた。 「十河…。」 「理事官、申し訳ございません…。私は嬉しいんです。若手警察官、しかもキャリアの貴方が一心不乱に真実を追い求めてひた走る姿を見ることができて…。」 「なんだなんだ。おまえやめろよ。本題はこれからだろう。調子が狂うじゃねぇか。」 松永は頭を掻いた。 「すいません。本題に移ります。先ほど私がお話したマルホン建設、仁熊会、金沢銀行の関係性に新たに加わるものがあるんです。それが衆議院議員本多善幸と我が県警です。」 「なに。」 「本多善幸と県警のつながりは10年前ほどからです。そのころ国政で大きな動きがあったのを管理官は覚えてらしゃいますか?」 「10年前?10年前って言うと…イラク戦争とかいろんな銀行が合併したとかそんなところしか思い浮かばん。国政レベルって言っても…あの時は…民政党の大泉総理の長期政権中だ…。いや、まて…そういえば、今の最大野党の政友党ができたのはそれぐらいだったかもしない。」 「そうです。政友党ができました。理事官。政友党の実力者は誰ですか?」 「小金沢だろ。」 「はい。小金沢は民政党を割って政友党を結成しました。ヤツは民政党で本多が幹事長になるまでの間、権勢を誇った大物政治家でした。しかし奴はどちらかというと民政党の中でもリベラルな立ち位置。いつの頃からか小金沢は官僚に実質的に支配されているこの国の形を憂い、今一度改めて政治主導の国を作るという思想を高らかに叫ぶようになります。この小金沢の主張は民政党の中で物議を醸し出すことになります。そのころ小金沢に真っ向から対立する形で政治主導の思想に異を唱えたのが本多善幸でした。彼は昔ながらの利益誘導型の政治家。官僚の思惑と自分の票を上手くすり合わせることによって、その盤石な地盤を築いてきました。民政党自体がそういった背景を持つ議員ばかりで構成されていましたので、彼の意見は党内で一気にコンセンサスを得ることになります。ここで小金沢と本多の対立が表面化します。どちらも民政党のベテラン議員。両者の権力闘争は熾烈を極めます。二人の対立が激化したある時のことです。この県警に小金沢の秘書がやってきます。」 「秘書?何をしに。」 「どうやら当時はまだ明るみになっとらんマルホン建設と仁熊会の関係を匂わすようなことを、当時の県警上層部に吹き込んどったようなんですわ。」 「お前らはその時点でそのことに気づいていいなかったのか。」 「はい。我々がマルホン建設と仁熊会のことを調べ始めたのはこのリークがあったからです。」 「調べてどうした。」 「いま理事官に言ったようなことがぼろぼろ出てきました。」 「だが、それだけでは立件できない。」 「そうです。そこでガサを入れようとしたんです。しかし…。」 「しかし?」 「令状の請求時点でそれは握りつぶされました。」 「なぜ。」 「本多の上層部買収です。」 「何…。」 「理事官。当時のウチの本部長は誰だと思います。」 「…知らん…。」 「石田長官ですよ。」 「まさか…。」 「そのまさかなんですよ理事官。」 「警察庁長官、石田利三(トシゾウ)か…。」 松永は肩の力を落とした。そして手にしていたサインペンをそっとテーブルの上に置いて、椅子に座った。 「官僚との対決姿勢を打ち出した小金沢よりも、調整型の本多のほうが与し易かったんでしょう。小金沢からの働きかけにも関わらずウチは本多を取ります。ほんで臭いものに蓋をするわけです。」 松永は頭を抱えた。 「本多を狙ったスキャンダル事件は発覚することはなくなりました。ほんで形勢は本多の方に傾きます。党内の保守派の意見を取りまとめて党内基盤を固め、あいつは次なる一手を撃ちます。」 「検察上層部も取り込んで公共事業口利き事件をでっち上げる。」 「ご明察です。ありもしないことを検察リークという形で大々的にマスコミに報じさせるわけです。このニュースは一時期世の中を騒がせました。本多はいろいろやったんでしょう。今は退官していますが、前の検事総長も本多の息がかかっとると噂されとりましたからね。結果、小金沢の権威は失墜します。奴は民政党から半分追い出されるように離党。以前から親交があった野党と合流し、政友党を結成するわけです。本多のスキャンダルは司法関係のグリップを聞かせとるから明るみにはならん。しかし小金沢はグリップがきかんため、現在も公判中ですわ。」 「警察も検察も本多とずぶずぶってわけか。」 「検察に関しては畑が違いますんで、私はよくわかりませんが、少なくともウチに関してはマルホン建設と仁熊会、そして金沢銀行の関係は歴代上層部で秘匿事項として引き継がれとります。」 「引き継がれているからこそ、そこに手を入れようとした一色の捜査請求をもみ消した。」 「理事官。さっき北署で言ったように、私には一色の捜査請求をもみ消した当事者はわかりかねます。しかしこれだけは分かるんですよ。県警上層部と察庁上層部が何かを寄って集ってもみ消しとるってことはね。長い間ここにおったら、それぐらいのことは調べんでも空気でわかるようになりますわ。」 「なるほど。よくわかった。」 松永は立ち上がって部屋の奥に続く扉を開いた。 「おい。こういうことだそうだ。」 部屋の奥からヘッドフォンをつけたままの男が二名現れた。突然の彼らの登場に十河は驚きを隠せない表情である。 「あ…」 「ということは俺らが聞かされていた情報はどうやら本当のようだな。」 容姿端麗な男はつけていたそれを外し、松永の方を見て口を開いた。 「そのようだ。」 「しかし、お前も役者だな。」 「何が。」 「お前、上層部からの指示で捜査本部の指揮をとってるんだろう。」 「宇都宮だけならいざしらず、石田長官まで絡んでるとは思わなかったよ。」 突然繰り広げられる男三人の様子に唖然としていた十河は、なんとか口を開いて言葉を発した。 「理事官…これは一体…。」 「ああ、十河。言っとくがおれは理事官でも何でもねぇ。」 「はい?」 「監察だ。」 「え…。」 「国家公安委員会特務監察専任担当官。松永秀夫だ。」 「何ですって…。」 「この二人は東京地検特捜部機密捜査班の人間だ。」 直江は松永の方を見て何でそんな事を十河に話す必要があると詰め寄ったが、本人を前にしてお互いが言い争うのは良くないとの高山の諌めを受けて、襟を正して十河と向き合った。 「こんな紹介を受けてしまっては機密も何もあったもんじゃありませんが、よろしくお願いします。直江といいます。」 「同じく高山です。」 「今聞かせてもらった話の続きは北陸新幹線に繋がっていくということで宜しいでしょうか。」 「え、ええ…。」 「確認のためにお話します。十河さん。私の話に間違いがあるようでしたら、違うと言ってください。逆の場合はそのままお聞きください。」 「はい。」 「仁熊会のマルホン建設に対する侵食は田上地区の開発にとどまることは無かった。彼奴らは関わった連中から全てを毟り取る。すでにマルホン建設と仁熊会は蜜月の関係。そこは慶喜が勤める金沢銀行の存在すら介在している。気付けば三者は一心同体の運命共同体のようになっていた。本多はいまあなたが言ったように司法関係に手を回し、グリップを効かせている。こんな状況下で仁熊会は放っておきません。マルホン建設は石川県では一番のゼネコンです。そして金沢銀行も石川の経済を支える有力第一地銀。両者とも石川の経済の屋台骨をになっている。そこで仁熊会は更なる見返りをマルホン建設に要求するようになる。」 「すいません。恐縮ですが、仁熊会は決して見える形で要求はしません。」 「ああ、すいません。言葉が悪かった。仁熊会は運命共同体であるマルホン建設と金沢銀行の慶喜との間で更なる利権を作り上げることを画策する。それが北陸新幹線にかかる用地取得のインサイダー取引です。」 「そうです。北陸新幹線事業はベアーズが土地を国に売り払った頃から本多が唱え始めた政策です。あの頃はまだ単なる構想にすぎなかったはずなのに、既に彼奴らは準備をしていました。」 「ベアーズデベロップメントは、バブル崩壊後、地価が下がり続けているにも関わらず、田上地区の土地だけでなく、田舎の山や田畑を宅地開発の名目で買います。なぜ構想間もないこの頃にベアーズが土地に当たりをつけていたか。既にこの段階である程度の素案が国建省で作成されていたからです。それを建設族の本多が入手しリーク。土地購入資金の用立ては弟の慶喜が関与。二束三文で買った土地はしばらくの間適当に開発され、計画が行き詰まったとかの理由で放置される訳です。」 「あなたのおっしゃる通りです。そして田上の頃とは比べものにならん程の壮大な工作活動が始まるわけです。」 高山が十河に缶コーヒーを差し出した。 「そこまで調べ上げてるんでしたら、皆さんお分かりでしょう。」 「まぁ大体のことはな。」 松永も高山から提供された缶コーヒーに口をつけた。 「ここが闇の本質です。さっき10年前に本多と小金沢の政争の道具に警察が使われたと言いましたね。」 「はい。」 「私はそこで金が動いたと言いました。」 「そうだな。」 「それですよ。原資は。」 皆と同じく缶コーヒーに口をつけた高山は咳き込んだ。 「ですよね。文脈からいくとそうなりますよね。」 「理事官。直江さん。これは大疑獄事件なんですよ。」 全員が沈黙した。しかし彼らの表情は何ひとつ変わることはない。 「ここにあいつは切り込もうとした。」 「そうです。当時、一色はこっちに赴任してきて間もない頃だったんで、そこまでの関係性を把握しとらんかったでしょうが、上層部は横領事件に絡む仁熊会へのガサをきっかけに事が明るみになるのを拒んだ。だから一色の捜査請求も取り上げられんかったわけです。」 松永は再び大きな用紙が置かれたテーブルに移動した。 「しかし、そんな大掛かりな枠組みを作るためには誰かを統括する立場に据えなければならない。本多自身が全てを仕切れるわけもない。」 彼は大きな紙に書かれた人物の名前を目で追った。 そしてそこに書かれているひとりの男の名前を指差した。 「こいつか…。」 室内の全員がその名前を見た。 「よし。松永。俺は今から部長に報告する。お前もすぐに段取りを整えてくれ。」 「わかった。」 「私は関係各所に連絡します。」 直江と高山は奥に部屋へ戻って行った。 「一体…何が起こってるんですか…。」 松永は十河を見た。彼の口元には緩んだ。 「時は今、雨がしたたる、師走かな。」 「…雨、ですか…。」 十河は辛うじて外の様子が見える窓を眺めた。 「雨なんか降っていませんが…。」 「今にわかる。十河。ありがとう。ここでのやり取りは一生記憶から消してくれ。」 「は、はい。」 「お前のような警官ばかりだと、この世も少しはまともなんだろうがな…。」
    Thu, 07 May 2020
  • 220 - 65,12月21日 月曜日 14時55分 ホテルゴールドリーフ
    65.mp3 【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー かつては金沢城の大手堀があったこの辺りはその一部を残して埋め立てられ、今では道路が走っている。この道路に沿うように何件かの宿泊施設が並んでいた。近江町方面からこの辺りまで歩いてきたひとりの男は立ち止まって見上げた。そこには背は低いが真新しい5階建てのホテルがあった。この辺りは金沢城や兼六園のすぐ近くであるため、景観保持ということで建物の高さに制限が設けられていた。無論それは宿泊施設においても例外ではない。彼は握りしめていた拳を開いて、そこに目を落とした。そして建物の正面玄関に掲げられている看板に目をやった。 「ここやな。」 彼は寒さに身を竦めながらその中へと足を進めた。自動ドアが開かれるとすぐそこはフロントロビーだった。ロビーの中央には大きなクリスマスツリーが配され、様々なオーナメントによって凝った飾り付けがされていた。彼は左腕の時計を見た。今日は12月21日の月曜日。今週の木曜日はクリスマスイブということもあって、このロビーの客層はガラリと変わるのだろう。彼は周囲を見回した。平日の夕刻ということもあって、客はまばら。せいぜいが暇を持て余した老年層がロビーにある喫茶店で、日常会話に興じる程度だった。彼はそれを横目にエレベーターの前に立った。しばらくしてそれは開かれ、彼を5階まで運んだ。扉が開かれるとそこに男が立っていた。 「よう。」 先ほどまで北署で一緒だった松永が声をかけた。突然のことだったので彼は返答に苦慮した。 「あ、ああ…。」 「部屋は奥だ。」 そう言うと松永は十河を奥へ手引きした。 「512号室なんて部屋はここにはない。」 彼は苦笑いをした。 「秘匿性が求められる場合は、これぐらいの気遣いがホテルには求められる。」 部屋の前で立ち止まった彼は扉に記されている部屋番号が1512であることを確認した。松永はカードキーを取り出して扉を開いた。そして部屋に入ってすぐの壁に手にしていたカードを差し込み、室内の全ての照明を灯した。 部屋に通された十河だったが、3歩歩んだところで彼は足を止めた。 「何ですかこれは…。」 ゴールドリーフの1512号室は60㎡の豪華な作りのスイートルームであった。上質で機能的、そして贅沢でくつろぎのひとときを提供するというのが、スイートルームの本来の用途。しかし今、十河が目にしている情景はそう言ったものとは程遠いものだった。本来ならばこの部屋から隣接する金沢城址公園を望み、眺めの良さを楽しむはずの大きな窓はホワイトボードが置かれることで、その魅力を見事に失わせていた。そしてそのホワイトボードには様々な人物の顔写真、そして殴り書きに近い文字の羅列が見受けられる。側にあるテーブルにはノート型のパソコンが2台配され、そこにも数多くの書類が山積みとなっている。足元を見るとこれまた数多くの書類が乱雑に置かれ、部屋の隅には多くの段ボール箱がうず高く重ねてあった。 「帳場みたいなもんだ。」 松永はそう言うと部屋の隅にあるソファに腰をかけた。それはおそらく有名なデザイナーによるものだろう。しかし書類によって部屋が占拠されているので、その存在感は薄い。十河は落ち着かない様子で松永と対面するようにそれに腰をかけた。 「帳場って…。」 十河はソファに腰をかけて再度部屋全体を眺めた。 散らかっている。それが十河の素直な感想だった。そこかしこに散らばっている書類が目立つ。お世辞にも綺麗とは言えない。捜査本部もいろいろな人間が出入りし、様々な情報を吸い上げるためするため随分な状況だが、この部屋はそれに輪をかけたような有り様だ。 「俺は欲しい情報にすぐアクセスできないと気が済まないたちでな。この通りだよ。」 「で、早速なんだが。」 身をかがめていた十河は背筋を伸ばした。 「仁熊会とマルホン建設の関係性を詳しく教えてくれ。」 松永はソファに腰を掛けたまま地べたに落ちているA2サイズの用紙を拾い上げて、それを持って立ち上がった。そして山積みの書類をテーブルから退かして空いたスペースにその紙を広げた。 「どこから話せばいいでしょうか。」 「はじめから順を追って。」 十河は自分の額に手をやった。どのように話せば効率的に松永に情報を伝えることができるだろう。マルホン建設と仁熊会の関係は簡単に説明できない複雑さを持っているため、彼はそれを整理するためしばしの時間をかけた。 「…マルホン建設は国会議員の本多善幸の実家です。仁熊会とマルホン建設が関係を持ったのはこの善幸が社長だった時からです。」 一体何を書いているのか分からないが、松永は十河の言に従ってサインペンを走らせた。 「続けて。」 「私もマルホン建設と仁熊会がくっついたきっかけまでは知らんがですが、仁熊会の影があの会社にちらついてきたのは、バブルが崩壊したころからです。マルホン建設は金沢のいろんなところに土地を購入しとりました。勿論投資目的です。それが弾けてしまって、あの会社は随分な含み損を抱えたんです。さっさと損切りしようにも毎年価値が下がる資産なんざ誰も買いません。しかしそれをなんでかそんぐりそのまま買い取ったところがあった。それが仁熊会のフロント企業と言われるベアーズデベロップメントっちゅう会社ですわ。しかもバブルが崩壊して1年もたたんころの話です。」 「何だそれは。」 「正確な数字ではありませんが、確か全部で20億ぐらいやったと思います。」 「20億?」 「はい。これからどんだけ価値が目減りするかわからん物件をベアーズは全部買い取りました。その後も地価は下落します。ほんでもベアーズは手放さんかった。」 「それじゃあベアーズがみすみす損をするだけだな。」 「そうです。しかしあいつらがそんなボランティアなんかする訳ありません。あいつらがそのタイミングで土地を購入したのは訳があったんです。」 「何だ。」 「バブル崩壊から2年後に本多は衆議院議員選挙に打って出ます。その時にも仁熊会の影がちらほら見えとるんですわ。あいつの選挙運動をバックアップしとったイベント会社ってのがありまして、それがこれまたどうやら仁熊会系列の会社のようなんですよ。」 「ほう。」 「あいつらを侮ってはいけません。あいつらはあいつらなりのネットワークっちゅうもんを持っとります。その組織票も馬鹿になりませんしね。始めての選挙にもかかわらず、結果的に本多は圧勝し国会議員となるわけです。しかしこんな選挙ビジネスだけで仁熊会の損は取り返せません。マルホン建設は土地の売却あたりから、建設工事の下請けに仁熊会のフロント企業を使うようになります。暴対法では暴力団が自分のところを使えと要求することは禁じられておりますが、マルホン建設が進んで使うならば話は別です。あいつらは上手くマルホン建設に潜り込んで行くわけです。」 「そうか…所謂ズブズブってやつだな。」 「はい。そんなこんなで月日は経ち、本多が国会議員になって3年後の頃、田上地区の区画整理事業が突如として持ち上がったんです。」 「区画整理?」 「ええ。バブル崩壊から下落し続けとった地価はそこで下げ止まりました。あの辺りに幹線道路が作られるとか、大学が建設されるとかいろんな話が噂され、田上あたりの地価は高騰を始めます。まぁこの噂っていうのも仁熊会が積極的に流したやつなんですけどね。噂には尾ひれ背びれがついて、田上地区あたりだけがバブル再来のようになります。結局、地価はマルホン建設が手放した時とほとんど同じぐらいになりました。そこで区画整理事業が始まったんです。」 「用地取得か。」 「はい。田上には新たに国道が敷かれました。またうまいぐあいにこの国道っちゅうのが仁熊会が持っとる土地にことごとく引っかかっとったんです。あいつらは何かしらの理由をつけて取得価格を釣り上げます。結果的にあいつらは三割高値の売却に成功。20億の3割ですから6億の丸儲けですわ。」 松永はペンを走らせていた手を止めた。 「聞いたことがあるような話だな。」 「ええ。」 「それが闇なのか。」 「いいえ。まだです。」 「なんだ?本多善幸の国建省への働きかけか?」 「それもありますが、順を追って話します。」 「いったいどんだけあるんだよ…。」 「理事官。深いということはその闇がそれなりに広範に渡ってあるということです。要点だけを掻い摘んで説明するというのを困難にさせます。それにあまり端折ると物事の本質が見えにくくなります。なので簡単に説明できるものではありません。」 「わかった。わかったよ。続けてくれ。」 松永は両手を上げて万歳するように身体を伸ばした。 「はい。まず疑問に思うのが、仁熊会が20億の金をあっさりと用立てた点です。ひとくちに20億と言いますが、ここらの中小企業が簡単にキャッシュで用立てられるもんじゃありません。」 「確かにそうだ。」 「もちろん仁熊会もそれだけのキャッシュをポンと出せるほどの体力はありません。」 「…銀行か…。」 「はい。本多善幸の弟の慶喜は金沢銀行の行員です。彼は当時、とある支店の次長でした。彼がどうやらその時にベアーズデベロップメントにこの金を融資しとるようなんです。」 「なに?」 「マルホン建設は損を出す資産を売却したい。しかしバブル崩壊で誰もそんなもん買わん。そこでマルホン建設は仁熊会を噛ませることで、金沢銀行に損失を補填させた。」 「しかしその損失を補填する資金はあくまでも金沢銀行から仁熊会に対する貸付資金。借りたものは返さなければならない。仁熊会が倒れてしまってはその資金は回収不能となり、今度は金沢銀行が大損するハメになる。」 「そうです。本多慶喜はこのベアーズに対する巨額の融資案件を実行することで、次長から支店長に昇進します。しかしそれが不良債権化すると、彼の出世のどころか金沢銀行の経営にも影響を及ぼすほどの事態に発展します。そこでマルホン建設の善幸は仁熊会と密約を結ぶんです。自分が政治に影響のある立場になることで、仁熊会に売却した土地の含み損を解消させると。それが確実に売りさばけるようにすると。それが善幸が国会議員になって3年後に持ち上がった田上地区の区画整理事業やったって訳です。仁熊会としては当初の予定通りといったところでしょう。区画整理事業までの間、本多の選挙にまつわるビジネスや、マルホン建設からの工事を受注することで利益を得る。別に自分たちがマルホン建設に要求するわけじゃない。マルホン建設が自ら依頼してくるんですからね。暴対法に何ら抵触しない。これで日銭は稼ぐことができる。ほんで最終的には買った土地の価格高騰と売却先も斡旋すると約束してるわけですから、仁熊会にとってこれ以上ないうまい話になる。」 「区画整理事業が着手されるまでの期間、仮にベアーズの資金繰りが難しくなっても、慶喜も自分の立場を守るために追加の融資をせざるを得なくなる。慶喜は同支店の支店長になることで融資を続ける。そうしないと金沢銀行は多額の不良債権を抱えてしまうからな。」 「どうです。酷いもんでしょう。」 「政官業の癒着だな。」 松永は手にしていたサインペンを床に投げつけた。 「理事官。これからですよ闇は。」 十河は立ち上がった。そして松永を真剣な面持ちで見つめた。 「理事官…。本当に突っ込むんですね…。」 念を押すように十河は言った。 「過去に1人だけここに突っ込もうとした人が居ました。」 十河の顔を見ていた松永はホワイトボードの方へ視線をそらした。そして彼はそこに貼られている一枚の顔写真をしばらく見つめた。 「しかし、その人間は今、連続殺人事件の被疑者となっています。」 「一色貴紀。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    Thu, 30 Apr 2020
  • 219 - 64,12月21日 月曜日 14時22分 金沢銀行本店

    【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 64.mp3 本多慶喜は12畳ほどの広さの専務室にある革張りの自席に座った。ため息をついたところで懐にしまっていた携帯電話が鳴った。彼はそれを取り出して画面に表示される発信者の名前を見て思わず舌を打った。 先程まで開かれていた金沢銀行の役員会上でマルホン建設の追加融資には、条件が課せられた。それは事前に山県が作成した経営改善策を無条件で受け入れることだった。常務の加賀は成長分野である介護・医療の優良先とマルホン建設が提携する山県の案を評価した。これが即座に実行されるならば、仮に金融検査が入っても格下げを回避できようという評価だ。併せて加賀はこの改善策を根拠に、金融庁にマルホン建設の査定を大目に見るよう、事前に働きかけること約束した。 今俎上に上がっている1億の融資が実行されなければマルホン建設は資金ショートを起こして経営に行き詰まってしまう。しかしそのために課せられた条件は慶喜にとって具合の悪いものだった。提携だけならば良いが、ドットメディカルはそれに条件をつけてきた。ドットメディカルのマルホン建設における発言権を高めるために、役員を刷新せよとの事だった。現社長はそのままで、一族の役員は全て解任。その代わりにマルホン建設社内の生え抜きの若手管理職を常務に、ドットメディカルから専務取締役を選任せよとのことだ。後の2人の取締役は社外から引っ張ってくる。今まで役員数が何故か10名もいたマルホン建設はその数を5名にせよとのことだった。 慶喜は金沢銀行専務取締役ながら、実家の家業であるということもあって、マルホン建設の社外取締役として席を置いていた。しかし今般の提携話によってその職も解かれることとなる。 「善昌…。すまん…。」 そう言って彼は何度も鳴る携帯をそのまま机の上に置いて放置した。しばらくしてそれは鳴り止んだ。 ー兄貴にどう報告すればいいんだ…。 慶喜は背もたれに身を委ねて、そのまま天を仰いだ。目を瞑りひと時の間をおいて彼は目を開いた。そして彼は自席に配されている固定電話の受話器に手をかけた。 「もしもし…。あぁ、私だが…。」 「どうしました。」 「まずいことになった。」 「まずいこと?」 「マルホン建設の人事が一新される。」 「はぁ?」 「俺も身内も全員解任だ。」 「どうしたんですか急に。」 「実は…マルホン建設に対する1億の融資案件があってな。その実行条件として役員一同の刷新が課せられた。」 受話器の向こうの男は黙ったままだった。 「善昌はそのままだが、役員のほとんどが社外からの者になる…。」 「あの…そういう事態を未然に防ぐのがあなたの仕事のはずじゃないですか。」 「すまん…。私の力が及ばなかった…。」 「専務困りますよ。力及ばずで済ませる話じゃありませんよ。何とかしてくださいよ。」 「しかし…。役員会でこれは決議された。この条件を飲まないことには手貸が実行できん…。」 電話の向こう側の男はしばらくの沈黙を経て言葉を発した。 「役立たずめ。」 「なにっ。」 「俺に畑山の秘書をやれとか横槍入れてる暇があるんだったら、足下を固めときゃよかったんだよ。ったく…。」 「村上君…。」 「別にいいじゃないですか。マルホン建設ぐらい潰れても。」 「お前、何言ってるんだ…。あの会社が潰れたら社会的な影響も大きい。下請けの多くも飛ぶことになる。」 走らせていた車を止め、彼は右手で髪をかきあげた。そして大きく息をついた。 「お利口さんぶんじゃねぇよ。」 「なにぃ。」 「結局自分のウチが心配なんだろ。」 「村上、お前何言ってるんだ。俺ら一族もマルホン建設から追放されるんだぞ。」 「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。善昌は残るんだろ。本多家としての世間的な対面は保ったままだろ。」 村上の言葉に慶喜は反論できなかった。 「何とかしろよ。」 「それは…。」 「簡単だろ。その融資を実行させないようにすればいいだけだ。」 「お前、何言ってるんだ…。」 村上は助手席にある鞄の中をまさぐった。そしてその中から煙草を取り出してそれに火をつけた。 「マルホン建設を潰せ。」 「お前…自分が何を言っているか分かってるのか…。」 「ふーっ。利用価値がないものには市場からご退場いただくしかないでしょうが。」 「マルホン建設は兄貴の実家でもあるんだぞ。」 「だから?だからどうだって言うんですか?」 「マルホン建設を基盤とした組織票が…。」 「うるせぇ。なんだ組織票って。うるせぇよ。」 村上は吸っていた煙草を車内の灰皿に力一杯押しつけた。 「あのなぁ。お前やマルホン建設がどうなろうがこっちには関係ないことなんだよ。先生は先生で確固たる基盤を持ってるんだ。建設票のひとつやふたつ、挽回しようと思えばなんとでもなるよ。それにな、もうそんな組織票をあてにする時代じゃねぇんだよ。浮動票だよ浮動票。世の中の風を読んでそれに乗っかったもんが勝つんだよ。」 「む、村上君…。」 「専務、何とかなりませんかねぇ。マルホン建設が存続することは結構なんですけど、私としてはそこに外部の人間が入ってくるって事態が非常に困るんですよ。そんなぐらいならいっそあの会社がなくなってしまった方がありがたい。あーむしろ無くなるにはグッドタイミングかもしれませんね。」 「しかし…。」 「しかしもクソもあったもんですか。無能なトップを据え、ろくに経営らしい経営もできていないあんた達本多一族にすべての原因があるんでしょう。専務、あなたも同類ですよ。」 「村上…お前…。」 「専務もご存知でしょう。ねぇ。」 「何の…ことだ…。」 「またまた、ご冗談を。」 「待て、村上君…。一体…何のことだ…。私には皆目見当も…」 「6年前の熨子山。」 電話の向こうの慶喜は絶句した。 「まったく…。あれがバレるでしょう。なんでそんな事にも気が回らないんですかね。」 そう言うと村上は社外に出た。そしてトランクの方へ向かってそれを開けた。彼はその中を何かを確認するかのように、隅から隅まで覗いた。 「まぁ何でもいいから、何とかしろよ。な。」 「ど、どうすればいいんだ…。そ、そうだ…こういう時こそ兄貴の力を借りるのはどうだ。」 「だから言ってるだろう。先生は関係ない。全部マルホン建設がやったことだ。」 「馬鹿な〓︎お前こそ当事者だろう〓︎」 「さっきからゴタゴタうるせェな。口動かす前に体動かせ。何としてでもその融資の話をぶっ壊せわかったな。」 ここで村上は一方的に電話を切った。そしてトランクの中に首を突っ込んだ。 「あーやっぱり何か臭うな。気のせいかな…。」 彼は消臭剤を手にしてそこに2、3度吹き付けて扉を閉めた。 「佐竹ぇ。これがお前が言ってたやつか?ちょっと早くねぇか?」 村上は車のトランクに拳を叩きつけた。そしてそこに寄り掛かった。吹き付ける凍てつく風に肩を竦めながらも、彼はポケットに手を突っ込んで目を閉じて何かを考えていた。そして彼はおもむろに携帯電話を取り出してそれを耳に当てた。 「ったく…。随分と厄介なところに攻め込んできたな、佐竹の奴…。あぁ…村上だ…。」 「あぁ、村上さん。丁度よかった。こっちも電話しようと思っとったんですよ。」 「はぁ?何だよ。」 「今さぁ、警察のお偉いさんがウチに来とるんですよ。」 「警察?」 「あぁ。何でも鍋島について聞きたいことがあるって。」 「鍋島だと?」 「村上さん。どうしますか?」 「ちょ、ちょっと待てよ。誰だよ、その警察のお偉いさんって。」 「何か関っていう警察庁のお偉さんらしいですよ。」 村上は髪をかき分けて天を仰いだ。 「…関?誰だそれ。」 「何か分からんけど、捜査本部のイカれた捜査官に指示されて来たそうですよ。」 「イカれた捜査官?」 「まぁ何でもいいんですけど、どうします?村上さん。」 「どうするって?…適当にあしらっとけよ。」 「…村上さん。ひょっとしてヤバいんじゃないですか?」 「大丈夫だよ。心配ない。警察には手を打ってある。」 「じゃあ何で鍋島のこと聞きにウチに捜査員が来るんですか。困るんですよね。」 「何かの間違いだ。こっちでうまく処理するから、その関って奴には適当なこと言って帰ってもらえ。」 「…わかった。村上さん。今はあんたの言う通りにするけど、今回ばかりはウチは手を引かせてもらうよ。」 「何?」 「あのさ。鍋島と連絡取れんげんけど、村上さん。」 「は?何のことだよ。」 「昨日から連絡取れんのですよ。ちょうど七尾で男が殺されたと思われる時間からね。」 「七尾?」 「朝からニュースでやっとるでしょ。昨日の昼頃にも今回の事件と同じような手口で男が殺されたって。」 「すまん。おれはテレビとか見ない口なんだよ。」 「昨日の15時くらいから連絡取れんのですよ。鍋島の居場所を知っとるのは俺とあんただけ。村上さん、なんか知らんがですか?【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。」 「知らんよ。」 「殺された男は身元不明って言われとるけど、テレビに出てくる現場映像見れば誰が殺されたかすぐに分かる。俺とあんたならね。」 「…」 「何かあんたヤバいよ。今のあんたにあんまり関わるとこっちまで何か巻き込まれてしまいそうだわ。」 「お前もか、熊崎。」 「お前もかって…。村上さん、誰と一緒にしてるんですか?まぁ今回は手を引かせてもらいますよ。あぁ関のことはご心配なく。適当にやっときますから。それじゃ。」 熊崎は電話を切り、二人の会話は途切れた。 「クソったれ〓︎」 村上はダッシュボードの上部を思いっきり叩いた。 「くそっくそっ〓︎クソめ〓︎カスめ〓︎ヤクザの分際でいい気になってんじゃねぇぞ〓︎何が手を引かせてもらいますだ。ゴミのくせにビビってるんじゃねぇよ。…どいつもこいつもカスばっかだ〓︎」 村上は車内のありとあらゆる場所を殴ったり蹴ったりした。それも渾身の力を込めて。そのため大きな車体の車は外から見ても明らかなぐらい、揺れ動いていた。 「役立たずのゴミカスばっかだよ。」 彼は怒りに震えたまま再び携帯を手にして電話をかけた。 「もしもし…。村上です。」 「ああ、村上くん。」 「なに下手打ってんだよ。」 「なにっ?」 「お前の人選ミスのせいで仁熊会に警察が入る羽目になったじゃねぇか。」 「ちょ、ちょっと待ていきなり何なんだ。」 「てめぇどんな捜査官派遣したんだよ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    Thu, 23 Apr 2020
  • 218 - 63,【後編】12月21日 月曜日 13時51分 北上山運動公園駐車場
    63.2.mp3 【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    Thu, 16 Apr 2020
  • 217 - 63,【前編】12月21日 月曜日 13時51分 北上山運動公園駐車場
    63.1.mp3 「何で電話かけてくるって?そりゃあお前、おたくの理事官さんが帳場のことはお前に聞けっておっしゃっていらっしゃったからやわ。あ? ほんなもん知らんわいや。こっちが聞きてぇわ。お前こそあいつにいらんことちゃべちゃべ喋ったんじゃねぇやろな。あ?…喋っとらん?…そうなんか…。」 会話の内容から電話の相手は岡田であることがわかる。片倉は県警で松永と出くわした。出くわしたというよりも、松永が片倉をつけていたと言った方が表現が適切かもしれない。松永の口から岡田の名前が出たため、彼がこちらの事をリークした恐れがあった。今朝、岡田とはお互いの行動の極秘を誓った筈なのに、何故お前は裏切るような行動を取るんだと詰問しようとした片倉だったが、岡田の弁明によってそれは誤解だとすぐにわかった。片倉は信頼できるはずの部下を、このように疑いの目を持って詰問した自分の節操のなさに嫌気が差した。 結局のところ松永が何故自分の行動を捕捉していたか、その原因は分からずじまいだ。 文子からの事情聴取を終えた片倉はアサフスの裏手にそびえる北上山の中腹にある運動公園の駐車場に車を止めた。 「おい、片倉。」 彼の隣で煙草をふかしながら、窓の外にチラホラと舞ってきている雪の様子を見ていた古田は声をかけた。片倉は古田の呼びかけに、何故自分が今、岡田に連絡を取っているかを思い出した。 「ああ…岡田、お前を疑ってしまってすまんかった。ところで帳場のほうで何か変わった動き、無かったか?」 換気のため指二本分開いた窓から古田は吸い込んだ煙を勢い良く吐き出した。 「何?似顔絵?何の…。…おう。…ふん…。…タクシーで熨子山か?小松空港から…。おう。」 片倉はドアを開けて車外に出た。そして彼は古田同様煙草に火をつけ、岡田からもたらされる捜査本部の情報に耳を傾けた。5分ほど話し込んでいただろうか。彼は再び車内に乗り込んでスマートフォンの画面を見つめた。しばらくしてそれは受信音を発した。片倉は3度ほど画面をタッチし、届いたメールを見る。彼の身体は固まった。 「どうした。」 「トシさん…。これ…。」 そう言うと片倉は画面を古田に見せた。それを見た古田も動きを止めた。 「どういうことや…これ、鍋島じゃいや。」 片倉はスーツのポケットから、先程文子から拝借した鍋島の写真を取り出して、画面に表示される似顔絵と見比べた。 「間違いねぇ。」 「片倉、こいつがどうしたって?」 「ああ、この似顔絵の男を小松空港から熨子町まで運んだっていうタクシー運転手が、今朝北署に来たそうなんや。このタクシーの運転手が言うには、こいつは熨子町までの道中、ほとんど何も話さんかったらしい。運転手の問いかけには、はいとかいいえだけ。ほんで唯ひたすら前の方だけを見とったそうなんや。ところが、この男が唯一動いた瞬間があった。」 「おう。何やそれは。」 「穴山と井上を目撃した瞬間や。」 「何ぃ?」 「山側環状をちんたら走っとるこいつらをタクシーが追い抜かそうとした時、この鍋島と思われる男は奴らを追うように見つめ続けとったそうなんや。何に関しても反応が薄かった男がや。」 古田は自分の顎に手をやってしばらく考えた。 「…鍋島は、穴山と井上の存在をその時点で既に認識しとったってことになるな。」 「ああ。それは昨日の18時のこと。そのタクシーはそのまま熨子町まで鍋島を運んだ。降りる時、あいつは運転手に5万渡して闇に消えて行ったそうや。」 「5万〓︎どえらい金やな。」 「まぁ、そのチップについては置いておくとして穴山と井上が殺されたのは深夜。18時から深夜までタイムラグがある。となると鍋島はその後、事件現場である山小屋で待ち伏せしとったと考えられる。」 「ふうむ。ほんなら穴山と井上がなんで山小屋に行ったんかが問題になるな。」 「鍋島があいつらを山小屋まで呼び出したか、それとも始めからあの2人が山小屋に行くことを知っとったかや。」 「そら山小屋に行くのを知っとったんやろいや。急に夜にあんな辺鄙なところに呼び出されて、ホイホイ行くだらおらんわい。もともとそこに行く何かの用事があってんろ。」 「トシさんほんなこと言うけど、そもそも真夜中にあんなところに行く用事なんかあっかいや。」 古田は考えた。深夜の山奥にいったい何の用事があったというのだ。 「…おい。…まさか。」 「なんや。」 「あいつら、ほら、レイプしとるやろ。一色の…。」 「あ…。」 「一色の交際相手がレイプされた場所が実はそこで、ほんでその因縁の場所に犯人を何かのうまい口実をつけて呼び出しておいて、鍋島を使って一網打尽に殺した。」 二人の中で鍋島、一色、穴山、井上が繋がった。しかし彼らは間も無く肩を落とすことになる。 ついさっきまで二人は文子から6年前の事故に関わる重要参考人は鍋島であることを聞かされていた。その事実を知った一色は鍋島を引き摺り出して相応の罰を与えると彼女に誓っていたようだ。そんな彼が鍋島と結託して自身の交際相手をレイプした男らを殺すなんて考えにくい。 「いや、ちょっと待て。一色が鍋島を利用して2人を殺して、その後に鍋島を捕まえようとした。そう考えられんけ。しかしそれが失敗し一色は逃げた。鍋島もその存在が世間的に明るみになるのが不都合な立場やから姿を消した。」 片倉は古田にこう言った。 「うーそれはどうやろう。そうなると一色が何で桐本と間宮を殺さんといかんがや。レイプとか6年前の事故に何の関係もない奴やぞ。その線はちょっと薄いんじゃねぇかいや。」 2人は黙ってしまった。 そうこうしているうちに、再び片倉の携帯が鳴った。どうやらメールのようだ。 「岡田や。」 片倉は画面をタッチしてその内容を確認した。そして彼はまたも固まった。 「何や。岡田は何やって言っとるんや。」 「穴山と井上はシャブの売人やったらしい。」 「はぁ?」 「シャブって…言うとトシさん。」 「仁熊会…。」 ふたりはここでしばし無言となってしまった。 「…なぁ片倉。ここは自分が一色やったらって立場で考えてみんか。」 古田はそう言うと車外に出た。片倉も続いた。 「始まりから考えよう。今までの情報から考えると、一色が穴山と井上との接点を持ったのは3年前の7月のレイプ事件からや。あいつは何かの方法をもって2人に復讐する意思を持っとった。それを実行するためにその機会を虎視眈々とうかがっとった。あいつは確かにワシに言った。素早くそして確実に被疑者に罰を与えねばならんと。警察という組織の人間であれば何かの口実をつけて、穴山と井上を逮捕し、取り調べの中でその二人から吐かせればそれで犯罪成立。起訴、裁判、判決。で、あの二人の罪は現在の法制下でシステマチックに処理される。」 「しかしその法の裁きに一色は不満を抱えていた。」 「そうや。自分の交際相手は女性として殺されたようなもんや。目には目の精神で考えれば、奴らにも同等いやそれ以上の制裁を与えんといかん。」 「考えたくねぇけど、俺も自分の娘がもしそんな目にあったとしたら、悔しくて、憎くて、許せんくて、…殺してしまうかもしれん。」 「急迫不正の侵略を受けて反撃に出ん奴はおらん。ワシもそうや。」 「しかし仇討ちは法で禁じられとる。」 「そう。そこであいつはワシに方法はあるって言った。あいつは何か別の手段を持ち合わせとった。」 「まさか、一色はその時点ですでに穴山と井上がシャブの売人やってこと知っとったとか。」 「そうかもしれん。シャブの背景には仁熊会がおる。仁熊会とそのフロント企業のベアーズデベロップメントは6年前の忠志の事故に関係しとる。一色は穴山と井上に制裁を与える他、その周辺にも制裁を課そうとしたんじゃねぇか。」 「レイプ事件の一年前には仁熊会が関係しとると思われる私立病院の事件もあったしな…。…って待て、トシさん。この時点で一色は鍋島の存在を把握しとるがいや。」 「そうねんて。一色なら当時、写真を見た時から高校の同級の鍋島やって分かっとったやろ。」 「高校の同級が事件に関与しとる疑いがある。しかも重要なキーマンや。一色は闇に葬り去られそうな事件を掘り返して、なんとか真相を暴こうとした。」 「しかしそれは何処かで握りつぶされた。」 「その私立病院の事件の後にレイプ事件…。」 「なんか見えてきたような気がする。」 「トシさん。俺もや。」 「一色はあの病院横領事件の時に仁熊会へガサ入れようとしとった。しかし、その直前に殺しが起こって、二課から一課へ捜査権限移譲。」 「そもそもここからおかしい。タイミングが良すぎるんやて。うちの中の誰かが捜査情報をどっかにリークしとったんじゃねぇか。ほんで手際良く二課の捜査外し。一色が仁熊会と接触するのをなんとか阻止させようしとるみたいや。」 「担当外の人間であるお前でさえ思うんやから、当事者である一色もその事は感じとったやろうな。」 「で、あいつは極秘裏にいつもの個人捜査でいろいろ調べる。ほんで何か重要な情報に行き着く。」 「そこで交際相手をレイプされた。」 「知られると随分とまずい情報やったんやろう。その情報そのものは何かは分からんが、一色の交際相手を凌辱することで、あいつに警告を発したんやろうな。」 「となると、穴山と井上は自発的に一色の交際相手を犯したというよりも、誰かからの指示を受けて実行したと考えたほうが自然やな。」 「穴山と井上はシャブ絡み。あいつらの上には仁熊会がおる。仮にそこの指示やとすっと、全てにおいて辻褄が合いはじめる。」 「仁熊会がレイプの背景にいることを知った一色は、その周辺を洗い始める。そこで田上地区と北陸新幹線に係る利権構造が存在しとることに気がつく。ほんでそこに仁熊会が入り込んでいることを突き止めた。」 「なるほど、ほんで検察さんの出番ってわけか。」 「ほうや。あいつらは新幹線事業と仁熊会の流れを追っとる。」 「一色からの情報を得てな。」 「政治が絡む事件は特に慎重にせんといかん。指揮権発動なんかされたら、せっかく詰めた捜査も全部パアや。」 「トシさん。検察に突っ込むと話がややこしくなる。それはそれでちょっと置いとこうぜ。利権構造を知った一色はその周辺を徹底的に調べる。ほんで出てきたのが6年前の忠志の死やった。」 「おう。かつての同級生の父親っちゅうことで、一色は慎重に周辺を調べて文子と接触。口止め料の現金授受のキーマンがこれまた四年前の事件に顔を出した、鍋島惇であったことを知る。交際相手の強姦を指示したと思われるもの、四年前の病院横領・殺人事件に関係するもの、さらに6年前に友人の父親を事故に見せかけて殺害したと思われるもの。これら全てに仁熊会が関係しとる。あいつの仁熊会に対する不信は頂点に達する。」 「しかし、ここであいつの捜査はプツリと切れた。」 今まで集めた情報が一気に繋がりを見せた推理展開であったが、ここで二人は黙ることとなった。そしてその沈黙を先に破ったのは古田だった。 「なぜ、ここで切れたか。」 「あぁそこやな。」 「何で、あいつが殺しをせんといかんかったか。」 「穴山と井上を殺すだけじゃあいつの目的は達成できん。レイプ事件の仇討ちだけにとどまってしまう。今の俺らの推理に従えば、その周辺の闇の部分を明らかにせんといかんはずや。」 古田は北高の剣道部の顔写真を取り出してしばらくそれを見つめた。 「待てよ…。」 「どうした?トシさん。」 「待て待て待て。あぁ…そうか…そういう線があったな…。」 「おいトシさん。なんねんて。」 片倉の言葉を受けて、古田は5枚のうち一枚の写真を取り出してそれを片倉に見せた。 「村上?」 「おう。こいつ、本多善幸の秘書やろ。」 「はっはぁー。なるほど。こいつなら善幸の出身のマルホン建設と何かしら繋がっとるな。」 「お前、今朝村上の聴取をした時、鍋島の名前だしたらこいつの顔色が変わったとか言っとったな。」 「おう。明らかに変わった。ほんでこいつの言い分は佐竹と赤松の言うことと食い違っとる。」 「ほらほら、こいつも何か絡んどるかもしれんぞ。」 ここで二人は再び黙ってしまった。 「なぁ片倉。」 「トシさん…。」 「切り込むか…。」 片倉は古田の表情を見た。彼の顔つきは何か達観した様子だった。片倉は眼下に見える、薄く雪化粧した金沢の街へ視線を移した。そして何も言わずに煙草を取り出してそれに火をつけた。吸い込んで吐き出す煙には彼の白い吐息が混ざりこみ、それは吹き付ける風に乗って瞬時に消え失せた。 「マルホン建設と仁熊会か…。聖域やな…。」 古田も何も言わずに街並みに目をやった。 「この聖域が一色に二の足を踏ませたんか…。」 「一人でできる事には限界がある。だから一色は協力者を密かに募って、誰にもわからんように下準備して一気に攻め込むことにした。」 「奇襲か。」 「でも奇襲は成功すれば戦果は大きいが、失敗すれば一敗地にまみれる。…あいつは…逆襲にあったんかもしれんな…。」 「どうする。片倉。」 片倉は古田の顔を見た。彼の表情からは感情というものを汲み取れなかった。古田はただひたすらに片倉の瞳を見つめている。 「俺にも守るべき家族がおる。」 古田は片倉を見つめたままだ。 「…だが、このままだと結局世の中はなにも変わりやしない。」 片倉は咥えていた煙草を地面に投げつけた。 彼は何度も何度も力の限りそれを踏みつけた。そして側にある樹木に向かって何度も体当たりをした。その様子を古田は黙って見つめていた。
    Thu, 16 Apr 2020
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